メニュー

footer logo

header en offheader ch off

header en offheader ch off

建材展2016

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2016年03月09日(水)
建材展

今年も東京ビッグサイトで行われている建材展へ行ってきました!
毎年、新商品や材料の流行りをチェックしているのですが、今年はオリンピックへ向けてなのか、日本の伝統や和を売りにした建材が目についたのでご紹介します。

まずは展示場の中央で人を集めていた「畳でおもてなしプロジェクト」。イ草の束を機械に入れ、実際に織る過程を見る事ができました。近年では畳のある家が減ってきています。

中国特派員便り

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2015年06月09日(火)

<中国へ出向している社員が伝える上海の『今』> 上海では急速な都市化と地方からの転入人口の増加に伴って、商業施設も増えています。 数ある商業施設の中で、豪華さを演出するのが香港系ディベロッパーの商業施設。 繁華街中心にある地下鉄の駅に直結するロケーション。大規模な商業面積。1階の高級ブランドショップ。巨大な吹抜。 上海中心地の香港化はどんどん進んでいます。

オンラインで画像ギャラリーを見る:
http://imae.co.jp/howto/column/89-category1.html?start=10#sigProId2d239c3877

(SGJZ)

 

 

「春博秋美」 旧東京医学校が建築模型ミュージアムに生まれ変わった話

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2015年05月01日(金)

 

東京医学校 

暖かさにつられて、今年度はじめての街歩きは東京都文京区小石川植物園の一画にある「建築博物誌/アーキテクトニカ」という博物館とした。まず和風庭園からの外観写真をご覧あれ。白亜の基壇部とレンガ色上層部のコントラスト、そして小さな2対のドーマーと中央の時計塔の作るファサードが明治の時代を感じさせる。

建物は「東京医学校」という東大医学部の前身の学舎であり明治9年工部省営繕局により東大本郷キャンパスに建設されたものである。のち昭和44年に当地に移築され小石川分館として現在の姿となっている。

尊敬できること

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2015年04月10日(金)
卒業制作 

先月嬉しいニュースが飛び込んできました。
弊社のOBであるHさんが京都造形芸術大学陶芸コースを卒業したとのこと。
彼は71歳になりますが陶芸が好きで6年間通信学部に通い続けました。
仕事をしながらも、さらに一時大病を患い長い闘病生活を送りながらも 探求し続ける姿勢は本当に尊敬します。
これが彼の卒業制作です。

作品のタイトルは、「住家追懐(じゅうかついかい)」です。

「えき」でしょ!!

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2013年11月20日(水)

130729 1
地下鉄の駅に流れているCM。
「トイレはすすむ、すすめる」というテーマの30秒編です。男女トイレマークのある特徴のある壁の前で男の人が人待ち顔で待っている。次に出てきたのも男性、次も紳士。彼らは次々と並んで待つが少しイライラがつのってくる。一方女性陣は若い方も、初老の方も楽しそうに化粧をしている。そこでカメラさんはひいてゆき「トイレリニューアル・・・」のキャプションが現れ、ラストは地下鉄のトイレらしからぬ地上の木がライトアップされているという趣向です。

「続・あさひ山展望公園物語(完結編)」―見晴らしが丘のあるまちづくり―

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2012年06月11日(月)

昨年9月のコラム「あさひ山展望公園物語―街づくりは待ちづくり―」で、朝日山を残そうと計画した公園が、20年間の歳月をかけて昨春「あさひ山展望公園」として完成し、見晴らしの新名所になったことを紹介しました。「これを機会に当初の構想『飯能・自然の回廊』を実現させてみよう、最後の仕上げはハイキングルートづくり、回廊開通までもう少しお待ちください」と書いて話を終えましたが、今回はその続編で、その後の展開について紹介します。サブタイトルを「見晴らしが丘のあるまちづくり」とし、あさひ山構想からさらに10年遡った多摩ニュータウンの山の話も加えて、「見晴らしが丘三題噺」としてご報告します。「あさひ山展望公園物語」の完結編としてお読み下さい。

子供たちの笑顔のために

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2012年05月22日(火)

 

3月末に約1年、取り組んでいた学童保育所が竣工しました。以前、計画地には木造平屋建ての学童保育所が建っていたのですが、老朽化に伴い、施設の大型化・バリアフリー化を目的に建替えることになったのです。工事はその既存の建物を解体するところから始まったのですが、壊す前に建物の内部の床・壁・天井全てが、職員の方々の計らいで子供達の思いの丈を書き連ねるキャンバスとして、提供されていました。

1205 01

そこには「いつも帰る場所 たけとんぼ」「いままでありがとう」
「大好きだったのに さみしすぎる」…と、たくさんの感謝の言葉と惜別の思いが書かれていました。

こんなにも子供たちに愛されていた建物を取り壊して、建替えるのだから、今まで以上に子供たちに喜んでもらえる建物にしなければ、と深く心に刻んだ出来事でした。

V放映、大仏免震

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2011年10月31日(月)

9月なかば、TV朝日の製作会社から「クイズ雑学王3時間スペシャル」で出題の取材を受けました。この番組はご覧になった方も多いと思いますが、今回は時節柄震災等の特集としてその雑学度を競うものです。当社に依頼されたのは「昭和35年に施された鎌倉大仏の免震」についての設問と解説でした。ディレクター氏は文化庁や鎌倉高徳院での下調べも済ませかなり博識。広報担当としてはとりあえず取材に応じました。

 

あさひ山展望公園物語―「街づくり」は「待ちづくり」―

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2011年09月09日(金)

110909 1

これは、その時まではその日が歴史に残る衝撃の日になるとは誰も思っていなかった3月11日の朝に、埼玉県飯能市内のローカル紙が『あさひ山展望公園』がまもなく開園すること伝えた記事です。この公園は、飯能市南部で「ビッグヒルズ」と総称されるUR都市機構施行の開発三地区の一つ、南台第二地区の中にありますが、機構の前身の公団時代に関わった公園誕生前史を紹介しましょう。

 南台第二地区が事業準備段階の20年も前の話ですが、地図に「朝日山」という名称と標高が記された地区内に盲腸のように張り出した小さな独立峰のような山があり、その山を残すか否かが議論になっていました。「山をカットして平坦地を増やし使い勝手の良い公園に!」vs[見晴らしの良い山を残して自分の住むまちを眺める丘の公園!] 前者の意見が優勢で、「朝日山」を残すためには、何か『永遠に残る理由づけ』が必要でしたが、地形図を眺めるうちに、入間川を挟んで対峙する天覧山・多峯主山と龍涯山・朝日山―四つの山を廻るハイキングルートを思いつき、当時万博をはじめ数々のビッグイベントを手がけておられた南條道昌さんに相談しました。

 

IMAアーカイブ-2(1986年編)

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2011年06月23日(木)

 

久しぶりに「IMAアーカイブ」を。今回は「弊社の顔」、M氏にインタビューします。1986年に竣工したアークヒルズについて語っていただきました。

Q1:M氏と言うと「アークヒルズ」からスタートされた印象があります。弊社にとっても初めての大規模な再開発だったと思いますが、どのような苦労がありましたか。
全然知らないんだなあ。僕がアークヒルズを担当したのは現場だけなんだよ。だから設計段階に関しては全然知らないんだよね。

えっ、そうなんですか!企画が流れそうなんですが…。気を取り直して進めます。まずは苦労話からお願いします。(笑)現場はどのような感じでしたか。

限られた時間内で施主、施工者、他の設計者との調整をしていたから本当に大変だったよ。とにかく変更が多くてかなりの時間を設計変更に費やしたね。設計段階の詳細図はほとんど使い物にならなかった。設計しながら作っていたという感じだったよ。

Q2:現場ではどういう担当でしたか。

僕は高層部の内装担当だったから、建具や内装材の納まりは特に気を使ったね。主だった建具の納まりは今でも覚えているよ。

Q3:アークヒルズで最も気に入っているところはどこですか。

僕はアークヒルズを「仕立ての良いオーソドックスなジャケット」だと思っているんだ。当時はポストモダン全盛期だったけれど、この建物には派手さはなく非常にシンプルだよね。今ポストモダンの建物を見ると古さを感じてしまうけれど、アークヒルズにはそうした古さは感じないと思うんだ。そうした「時を経ても古びない上質さ」が気に入っているんだ。
そして当時は小さかったみどりも大きくなり周辺環境が整ってきて、足元は居心地の良いヒューマンスケールな「街」になっていることも上質さを加えていると思うね。